天武天皇と舞鶴をむすぶ須岐(すき)田の謎

 大浦半島一帯を昔は凡海(オオシアマ)郷と呼んでいました。
このオオシアマと、天武天皇になった大海人(オオシアマ)皇子とはどんな関係があったのでしょうか?
 天皇の即位式の大嘗会(だいじょうえ)の儀には、夕に食べる”悠忌”(ゆき)と、朝に食べる”主基”(すき)がありますが、天武天皇即位の時には千歳村の主基田(すきでん)の米が使われました。
大海人皇子は、天智天皇の御子大友皇子と戦った壬生の乱で、尾張の海部の加勢を得て勝ち、即位した人ですから、丹後海部の斎田、千歳が重要な意味を持っていたことを示すのではないでしょうか?


千歳(ちとせ)
Map of Oh-ura peninsula : 舞鶴大浦半島地図 (large):(大)


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